これは昔の私にあてたつもりで書きました。
数多の持込を繰り返し、晴れてお名刺をいただき担当さんがついて「読切を描いてきて欲しい」と言われたものの…何度打ち合わせを繰り返してもまったく読切の企画が通らず。
担当さんからの電話打ち合わせがメールのみのやり取りになっていき、減っていく預金残高とにらめっこしながら「本当に読切書けんのかな…出せんのかな…」と不安になって、その担当さんからの連絡の頻度がだんだん減っていってフェードアウトしていき…そしてまた1から持込を繰り返す…これがちょっと前までの私。
漫画家業も今年でなんとか丸6年。無名で細々とではありますが、少しずつ、本当に少しずつ成長できている実感がやっとわいてきました。
企画が通るのもネームのOKも、以前に比べて反応も良くなり、格段に速くなったので「この過程をどこかに残しておかなきゃもったいない!」と思い立ち、今回記事を書いてみることにしました。
あくまでこれは、この先数年経たずしていなくなるかもしれない無名漫画家の備忘録、ということを念頭に置きながら読んでいただければ幸いです。
こんな私でも実績として読切掲載には漕ぎつけられましたので、同じように悩んでいる漫画家志望者の方や新人漫画家の方のお役に立てれば何よりです。
そもそもなぜ読切を制作するスキルが必要とされるのか?
そもそも、なぜどこに持ち込んでも「読切をつくりましょう!」から始まるんでしょうか。
読切を作る方が連載より難しいから!?
「連載は足し算、読切は引き算」これは私が担当編集さんから聞いた名言です。1話、2話…と続けていく連載と、その作品で完結させなければならない読切では、そもそもの性質が異なるんですね。
読切は限られたページ数の中で描く要素を厳選し、その上で読者の心を動かさなくてはなりません。つまり、それだけ難易度が高いんです。ですが言い換えると、日常的に漫画作品をピンキリ見ている編集さんが「面白い!」と思える読切を描ければ、漫画家としての勝算もあるわけなんです。
面白い読切を描ければ、連載はその型を応用すれば面白い連載作品になるので売上を期待できる。だから「連載したいなら読切が必須」という考え方が一般的なんでしょう。
読切をきっかけにファン数が増えるから
そして、読切が面白いと思ってもらえれば、その読切を描いた作家にファンがつきます。ファンが増えれば売上を見込めるので、編集部としても次の作品を作ってほしいわけで、それが積み重なれば結果的に連載に繋がりやすくなるというわけです。
読切の需要が増えてるから
また、忙しい現代社会のスキマ時間にサクッと読める読切は需要も高くなりつつあります。読切は作家にファンがついていない状態で、作家側が「掲載させてもらう」というスタンスであることが多いので連載よりも低コストで依頼されることが多いです。(あくまで私の場合で例外も多いと思います)
その代わり、出版社としては読切のGOは連載よりも圧倒的に出しやすい場合が多く、描く側も連載のように数話分用意する必要がありませんので、自由に使える時間も増えます。その読切が売れれば作家側も交渉の余地が出てきます。
総じて、読切を描くスキルは持っていて損はないんですね。
私は読切を描くのが嫌でした
これだけ読切の必要性を説いておいてなんですが、私は読切を描きたくありませんでした。
そもそも私は連載がしたくて持込をしてるわけです。今の読切の必要性を説いた後なら、みなさんも「読切も描かずに連載だと!?調子に乗んなよ?このド新人無名漫画家が…!!」と見られてしまうワケはわかると思います。
でも、そんなこともわからなかった私は「なんでそもそも読切で描かなきゃいけないの?1話から描いて出してくれればいいのに…」と、読切は連載への遠回りだと思っていたんです。
あと、私の中で読切って「自分の愛したキャラクターを消費してる行為」に等しいものだと思っていたんですよね。読切のためにうんうん練って作ったキャラクターたちは、たいていは連載になることなくそこで幕を閉じます。
その読切が大バズリしてめっっっちゃくちゃ人気になれば、その子たちで連載を考えてもらうこともあるようですが、そんなケースはレアです。
そんな感じで、読切に対して嫌悪感にも似たような感情を持っていた私ですが、気づけば自分の机の上やパソコンの中が、連載どころか読切にもさせてもらえないキャラクターやストーリーでいっぱいになっちゃったわけです。それが、ものすごく悔しかった。
「読切を描きたくないのは、描きたくないより描けないだけの言い訳なんじゃないか」「だったら、まず読切を描いてちゃんと商業で認められてから言い訳してみよう」と、そんな風に思うようになってから、読切とちゃんと向き合おうと思ったんです。
企画が全然通らない理由と解決案
まず、なぜ企画が通らないのかをいろいろ考えてみることにしました。
文章だとその企画の見どころが伝えにくい
まず、企画は文章で出すことが多いです。文章で出すことで情報をまとめて出せて、作画のコストも少なく済みます。しかしながら、文章で出すやり方だと、漫画におけるキャラクターの表情・コマや構図・間の使い方などなど、核の部分を見せることができないんですね。
そこで私は、企画書に加えて主人公とヒロインのキャラデザ、そして必要であれば冒頭の数ページをネームで出すことにしました。
すると、企画書の時の反応より圧倒的に良い反応がもらえるようになったんです。仮にそれでダメだったとしても、時代にそぐわずやる人が少ないからこそ「ガッツがある作家」という評価ももらえます。
それに、実際にネームにすると企画の見どころを、自分でも精度をあげて作品を見れるようになり「キャラはああいう感じで考えてたけど、こういう風に動いてくれたらもっと面白くなりそう!」「こういう舞台設定で考えてたけど、こっちの方が合いそう!」というプラスの考えも生まれるようになりましたし、文章にした企画よりもどんどん面白い作品が仕上がっていくようになりました。
解決案:見せゴマだけでも描いてみる
当然ですが、このやり方は文章で出すより効率は悪いです。「通るかわからない企画のネームの数ページはさすがに…」と思う方は、自分が見せたい見せゴマだけでも、担当さんが見やすいくらいのラフで描いてみるのはおススメです。
見せ場というゴールが見えれば「こういう見せ場に持って行くためには、こういうキャラクターの方が見せ場が盛り上がりそうだぞ?」「こういうストーリー展開にした方が見せ場までに感情の波が立てやすいかも?」など、担当さんと一緒に逆算しやすくなります。
要素が多い
「連載は足し算、読切は引き算」という冒頭の言葉がありましたが、極限まで要素を減らす努力をすべきなんですね。私は連載脳だったので、とにかく要素を足していくことばかり考えていました。例を挙げてみましょう。
こちらは秋田書店の「ネクストCHAMPION」の最終候補作品です。これを他誌に持ち込んでみたところ、指摘されたのが要素の多さでした。
「登場人物がとにかく多い」「主人公が双子である必要性を活かしきれずに終わっているのがもったいない」「そもそも物語の始まり[起]から間違ってて…」などなど、ここにあげるとキリがないのですが「題材はいいのに要素が多くてこれでは受賞できなくても仕方ないよ」という講評でした。講評を聞いてる間は傾聴しながらも、心臓はバクバクしてたし胃も痛かったですね…
解決案:要素を減らす
とにかく要素を減らすこと。キャラクターは基本的に主人公ともう一人。友情ものだったらライバル。ラブコメだったらヒロイン。どうしても必要なら、その二人を客観的に見てくれるキャラクターが2名くらいでしょうか。あとはモブで処理するくらいの内容感でないと、みっちみちのコマ割りになるか、ページ数をオーバーしてしまいます。
起承転結も見直すこと。転を起に持って行くことはできないか。主要キャラクターの過去をどこまで掘り下げる必要があるのか。そもそも掘り下げないと成立しない話であれば、話の作り方から見直すべきなのか。そういう視点でも考えてみます。
これらは王道の考え方ですが、王道が描けないと邪道で評価されるのは難しい世界です。最初から邪道で評価されるのは天才だけ。自分が天才でないことを受け入れるのが早ければ早いほど、客観的に自分の作品に向き合えるようになれるはずです。
ターゲット層に合わない
題材がよくても、ターゲットに刺さるキャラクターでなければ企画は通りにくいです。
男性読者層なら可愛い女の子を。女性読者層なら可愛い・カッコいい男の子を。ラブコメやギャグならディフォルメを強めにした絵柄で、バトルやスポーツならディフォルメ強めよりリアル路線で考えていくのが基本です。
でも、昔の私は思っていました。「男性でも可愛い男が好きな人もいるじゃん」「女性でもカッコいい女を見たい人もいるじゃん」「ラブコメでもリアルな絵柄で売れてる作品もあんじゃん」と。
たしかに、男性でBLを読む人はいるし、女性で百合が好きな人もいます。ラブコメやギャグでもリアルな絵柄で売れてる作品はありますし、スポーツ漫画でもディフォルメ強めの作品はあります。でも、厳しいことを言いますが、これらは売れているからです。ニッチなジャンルでも売れているから許されるのです。
売れていない作家がニッチな路線で企画を作っても、残念ですが「これだと読んでもらえる読者が限られるので…」と一蹴されます。私はそうだったからです。実績もなく売れてない作家は、すでに売れている王道のジャンルに刺さるように作品を作っていく。これが基本の考え方です。
解決案:ターゲットを理解しキャラデザを合わせる
まず自分の作っている企画がニッチではなく王道のジャンルにあるか?今の企画に似ている作品はどんなものが出ているのか?それを読むのはどんな人なのか?男性が多いのか?女性が多いのか?普段どんな作品を好んで読んでそうなのか?どういう作風が好きなのか?など、様々な視点でリサーチする必要があります。
できれば自分が出す予定のジャンルの作品を3作品~5作品以上は調べて、それがどんな読者層に刺さっているか考えてみてください。そうすることで、適したキャラデザや作品の雰囲気など、作品のゴールが見えてくると思います。
作家性のあるキャラやストーリーでない
「要素を減らせ」だの「王道にあわせろ」だの偉そうにいろいろお伝えしてしまいましたが…以上のすべてをクリアしても、最終的にその作品にあなたの作家性があるかどうかが最大のポイントです。
あなたにしか描けないあなたの作品であること。それを編集さんが面白いと思ってくれるかどうか、です。
世の中にはたっっっくさんの漫画の型があります。私がここまでいろいろ話してきたような考え方は、別のサイトにも同じようなものがたくさんあるはずです。私自身もたくさん見聞きしてきました。
でも、再現性がないのが作品です。参考にしてもパクリであってはいけないわけです。だからこそ、そこに「作家性」というあなたにしかできない要素を入れて、ビジネス用語的にいえば「差別化をはかる」わけです。
解決案:自分の作家性を考える
作家性ってなんでしょうかね。私も随分と長いこと考えていますが「私の作家性はこれです!」みたいな答えは出てません。
作家性って人生みたいなものだと思っていて「こう生きることがいい人生だ!」っていう絶対的な唯一の答えってないじゃないですか。
だから「これは自分じゃないな」ってものを除いて、残ったものが作家性だと私は思っています。いろいろ描いてみて「これが自分かもしれない」を集めたら、それが自分の作家性なんじゃないかなって。
あとは、フォロワーさんからの感想を読んで分析したり、編集さんや仲のいい作家さんに自分の作品のいいところを聞いたりするのもいいと思います。
私の場合は「ディフォルメに癒されて苦しい内容でも最後まで読める」「女の子を描くのが上手」「とにかく熱量がある、熱い」「友情がいい」そういう声を聞いたりすることが多かったんで、自分が大好きなプロレスとあわせてスポーツ漫画を描いたり、可愛い女の子が出る百合漫画を描いたり、ディフォルメでエッセイタッチの漫画を描いてみたりしてます。
「じゃあ男の子の評価は薄いから一切男の子を描くのやめよう!」というわけではなく、周りがいいと思ってくれている自分の良さを入れながら、描きたい表現に挑戦していくのが、自分の作家としての幅を広げられるんじゃないかなと思っています。
読切を上達させるために勉強したこと
掲載されている読切を読んでみる
読切がうまくなるためには読切を読むのが手っ取り早いです。私はジャンプ+に掲載されている読切をいくつも読んで、その中で自分が特に惹かれた作品を分析していました。
他のサイトにも読切作品はたくさんありますが、ジャンプ+の作品である理由はジャンルが多いことと、ジャンプ+の編集さんに認められた読切を読めるからです。
分析する内容を具体的にいくつかあげると…
- その作品の中で自分がいいと思った部分はどこなのか?それはなぜか?
- 読んだ読者がどのような反応をしているのか?
- 自分がいいと思った部分と同じであるか?違うならなぜか?
- いいと思った部分で自分の作品に取り入れられそうな部分はどこか? など
こういうことを自分なりにリストアップして考えてみると、自分の良いと思った部分と読者がいいと思った部分をすり合わせできていいと思います。
他にもラフでいいので、その作品を1コマ1コマ全ページ模写してみること。そうすることで、最初読んだときには気づかなかったその作品の構図の魅力や見せ方の勉強になります。
実際に企画が通って掲載された読切
こうして私が実際に掲載された初めての読切が「オモイアイ」というタイトルのニコニコ漫画さんから出していただいたラブコメです。
こちらは最終稿まで4稿分を経て完成したもので、宣伝も兼ねて具体的にどういう工程を踏んでいったのか説明していこうかなと思います。
苦戦したキャラデザ
この作品は意外にも文章で企画が通ったんですよね。展開したいストーリーを箇条書きにして、入れたいセリフを書いただけの1ページのものでしたが、担当してくださった編集さんがとにかく優秀な方で、毎回返信も早く「これ面白そうですね!これでいきますか」って感じでした。
初期段階キャラデザ
でも苦戦したのがキャラデザ。こちらが別企画してた初期段階の登場キャラたちです。
左が主人公(ドM)で右がヒロイン(ドS)という設定でヒロインが主人公をいじめて興奮する、みたいな話です。「ヒロインの生徒会副会長がドSである」という点ではかなり高評価だったんですが「主人公が生徒会長である設定は読者の共感からは遠ざかる」という理由でナシになりました。
今思えば、なんかうまくやれたような気もしますが、当時はヒロインを引き立たせるいい男キャラが思いつきませんでした。
2段階目のキャラデザ
次に出したのがこれです。
この時点でヒロインは確定しまして、企画の内容も決まり、ネームも固まってきました。ただチャラ男で考えていたこの主人公ですが「この男の子だと読者層を男性で考えた時に少女漫画に寄りすぎる」「可愛い女の子に可愛い男の子をぶつけるとそれぞれの個性が消えてしまう」という理由で、この主人公はボツに…
どうやら私は女の子のキャラデザが圧倒的に得意なようで、逆に言うと男の子のキャラデザがいつもどうしても決まらないんですよね。いつも課題を感じます。
3段階目のキャラデザ
で、平凡で少し陰気な感じのキャラクターを考えたものの、ヒロインが地雷系なので陰×陰になってしまったんですよね。もちろん、同じ属性の子を使う話は全然ありますが、キャラの個性を最大限際立たせるなら「反対の属性」が最も王道です。
最終段階のキャラデザ
陰×陰でダメだったので、2段階目のキャラデザを男性向けに考えつつ「めちゃくちゃ陽キャにするなら!?」と誕生したのがこのヤンキー愛田くんでした。
「こういう子が編み物でプレゼントくれたら最高じゃないですか!?」と担当さんとも意見が一致し、GOが出たのがこの2人でした。実際にネームで動かしてみると、反対の二人だからやっぱり面白いんですよね。お互いがお互いを活かしてる感じで、描いててすごく楽しかったです。
こうして、私の初めての読切は無事に掲載されました。
読切を描きたくないなら方法は4つ
いろいろ書いてきましたが、やはり商業漫画はビジネスなんですね。自分が描ける得意(供給)と相手の欲しい(需要)の真ん中を模索していくのが、商業作品を作る上で大切なことだと思います。
売上につなげることを前提に、いろんな人が作品のために動いてくれるわけですから、作家は作品でお返ししないといけないわけです。
それでも、いろいろ読んできて「やっぱり読切をスキップしたい!読切を描かずに連載したい!」と思う人はいて当然だと思うし、実際に読切を描かずに連載デビューしている漫画家さんもいるわけですから、そう思うことは悪いことじゃないと思います。
そこで私なりに読切を描かずに連載する方法をいくつか考えてみました。
①SNSでバズりまくる超有名作家になる(難易度:★★★★★★)
SNSで名の売れている作家さんやすでに実績のある作家さんなら、読切を描かずに連載されるケースは多いです。作家さんが描くだけで宣伝になりますから、出版社としてもありがたいわけです。
しかしながら、フォロワーさんを増やすのは昨今のXのアルゴリズムではかなり厳しくなっていますし、規約のこともありますし、自分でコントロールできる範囲外のことが大半を占めているので運の要素がかなり強くなります。
②めちゃくちゃ売れそうな面白い作品を持ち込む(難易度:★★★★★)
かなり抽象的ですが、とにかく面白ければ通ります。ただ、これだけコンテンツがあふれている現代において、面白い企画を持って行くだけで通してもらうのは非常に難しいですから、やはり作家側になにかしらのステータスがないと厳しいでしょう。「10代でこの画力!」とかわかりやすい例ですよね。
③実績をつくる【例:本を出す】(難易度:★★★★)
①と②に通ずる話ですが、商業でなにかしらの実績を残すことです。かくいう私も、pixivでエッセイ作品を見つけていただいて、それが本になってデビューしており、その後LINEマンガさんでセミフィクションで連載をしていますので、実績を評価されていれば連載の機会は巡ってきやすいと考えます。
本をつくる機会が巡ってくるかどうかは運ですが、本の企画が面白いものであればフォロワー数や自身のステータスに関係なく出版できますので、まだ自分でなんとかできる範囲のことも多く他の2つより難易度を低くしました。
④連載作家を探している媒体を探す(難易度:★★)
WEBTOONも隆盛期を迎え、いろんなレーベルが続々と出ていますが、漫画家業界は慢性的に人不足です。そのため、分業制が主流になってきており、連載作品を一緒に作ってくれる人を探している場所が多数あります。
そこではどういう役割を担うかというと、ストーリーを考える原作、絵を描く作画だけではなく、作画の中でも人物のみ、線画のみ、塗りのみ、背景のみ、など様々です。
つまり「自分の作品を自分で考えて自分ひとりで完成させる」ということは難しくなりますが、連載作品に携わることはできますし、③の実績をつくることに繋がっていきますので、実績が買われれば、いずれ自身の作品を連載することにもつながるだろうと思います。
【番外編】同人作家やSNSクリエイターとして活動する
そもそも出版社とやりとりをし続けること自体が、かなり大変なことです。
出版社側はビジネス、我々はクリエイター。そこには、埋めたくても埋まり切れない溝があります。ビジネスが絡んでいる中で、自分の思い通りにやりたいように描ける作家なんて幻想です。そんな作家さんは一握りの中の、ほんの一握りの選ばれた方です。
「だから商業で描くのはよしなさい」と言いたいわけではありません。商業漫画には夢があるからです。作品が売れれば、自分ひとりでは想像もつかないほど、世界中のたくさんの人に作品を届けることができます。商業作家さんたちは、みんなそれを夢見て描き続けているんじゃないでしょうか。誇りとロマンのある職業です。
でも、うまくいかないことの方が圧倒的に多い中、自分の作品がどんどんボツになってしまい、描くことがどんどんツラくなってしまう時期を数年以上抱える作家さんも非常に多い世界です。
描くこと自体が苦しくなってしまい、筆を折るくらいなら、同人作家やSNSクリエイターとして自分の世界を大切にしてあげる道も全然ありだと思っています。私自身も商業作品を出せない間は、ブログや電子書籍でなんとか繋いでいますので…
どんな作品でもどこかにファンはいます。なので、ビジネスの中で自分の好きを押し込んで無理して頑張るくらいなら、自分の好きを応援してくれる身近なファンと創作活動することも、誇り高くロマンのある立派なクリエイターだと思います。
私も読切を描かずにデビューしてしまった
先ほどと重ねてお伝えすることになりますが、私は大学在学時に趣味の同人で絵を描き始めました。絵にまったく関係のない大学を卒業し、社会人になってからエッセイ本を出してデビューしており、その後にLINEマンガさんでセミフィクションで連載をしています。
こういうケースは極めて稀なケースだと自負しています。ただただ、奇跡のような運が重なっただけです。そのため実力が伴っておりません。
実力が伴わないために、悔しい思いもたくさんしてきました。なので今は、キャリアを1から形成する気持ちで持込を続けています。
新人ですから漫画賞にも応募して、そこで担当さんがつけば一緒に読切の企画を1から作り上げている段階ですが、ありがたいことにひとつずつ着実に評価される機会が増え、お仕事をいただく機会も増えてきました。
このキャリアのせいで苦しい思いもありましたが、このキャリアがあったからこそ、出会えたご縁もたくさんあるし、気づけたこともたくさんありました。
腐らずめげずに、ひとつひとつの作品と向き合って完成させ続けることが、漫画を続けていくことに繋がるのかもしれません。これからも頑張ります。
担当の言う通りに直すか、自分を通すか問題
最後に。いろんな担当さんとお仕事をしていく中で、担当さんからの修正意見をどこまで反映すべきか。
ここで示す修正依頼というのは、法律上やサイト運営上「隠さなくてはいけないものを隠したくない(成人向けの性器の修正など)」という法的なルールに基づいたものではなく、作家側が何か信念をもって直したくない修正の場合です。
全新人漫画家が必ずぶち当たるであろう問題だと思っています。私はこの問題、両方正しいけど少しずつ間違ってる気がしています。
作品は自分のもの、すべて自己責任
まず、自分の作品は自分のものです。そして、担当さんは敵ではなく、一緒に作品を良くしようとしてくれる同志です。
自分の中で納得できない修正意見については、それがどういう意味なのか、まずは相手の意見をきちんと深掘りする。それを聞いてもなお、自分が納得できないのであれば、その理由を伝えるべきだと思っています。ここは、漫画家と編集さんの話ではなくコミュニケーションの問題になってきます。
もしも、自分の納得できない意見を採用して、納得できない結果になっても、それは絶対に担当さんのせいにしてはいけません。自分の作品で起きた結果は、作家が自分で責任を負うべきです。だからこそ、恐れずに逃げずにしっかりと話し合う必要があるわけです。
具体的な修正の打ち合わせ例
例えば、編集さんに「物語後半部分の主人公の気持ちに入り込めない」と言われたとしましょう。もちろん自分では「主人公の気持ちには入り込めるはずなんだけどな…」と思っている前提です。
①深堀りする
まずはその部分を深掘りしていきます。
「どうしてそう思ったんですか?」「どの部分(セリフ・表情)でそう思いましたか?」など
②その場で仮代替案を考える→終了
それを踏まえてその場で仮代替案をあげていきます。多少突飛なものでも大丈夫です。
「例えばこういう展開を前に入れたら入り込めそうですか?」「こういう感じのセリフに変えたらどうですか?」など
代替案で「入り込める」と言われたら、自分がその代替案にしない理由を考えます。大した理由でないならその代替案を採用して、修正は終わりです。
③その場で仮代替案を考える→さらに深堀り
しかしながら、代替案をあげても「そういうことじゃないんだよなぁ」「なんか納得できないなぁ」と編集さんがなってしまうようなら、そもそも相手側の「気持ちに入り込めない」のベクトルが違う可能性があります。そこで、さらに深掘りしていきます。
「気持ちに入り込めないとは具体的にどういうことですか?共感できないことですか?」「共感はできるけど、この展開じゃないということですか?」「そもそもこのキャラって共感させる必要があるキャラですか?内容ですか?」など
それを踏まえて、自分がそういうシーンにした意図や意見を話していくうちに、編集さんも納得してくれればその意見は解消されていくことが多いです。
④具体的な修正案に落とし込めるまで話し合い
しかしながら、どちらかが納得しなければ話し合いは永遠に平行線ですから、どちらかが納得して作品をよりよくできる具体的な修正案に落とし込めるまで、徹底的に話し合いましょう。
ただし、忘れないでほしいのは打ち合わせの目的はより良い作品をつくること。相手の意見を叩き潰すことが目的ではありません。それが作品にとっての最善だと信じて、互いにリスペクトを持って話し合いましょう。
修正の時にちょっぴり意識してること
打ち合わせが終わって仮代替案や修正案を実際に入れていく中で、私が意識していることは担当さんが言ってた一字一句そのままに直すことはしないようにしています。
それは担当さんの修正の期待値そのままになってしまうので、いうなれば商品レビュー★3状態になるからです。プロとしては、できればそこを超えて★5に持って行く必要があります。
…と、口では簡単に言ってますが、私はこれらのことに気づくのに、連載終了から読切掲載まで3年もかかってしまいました。
でも、これらが少しずつでもできるようになれば、自分の思い描く漫画家像に一歩ずつでも近づけているはず。そう、信じたいです。
厳しく大変な世界ですが、誇りとロマンは忘れずに、お互い頑張っていきましょう。